兵庫県漬物事業協同組合 公式サイト


〒670−0966
姫路市延末295 卸市場内

TEL:0792−85−2363
FAX:0792−81−9248

宮本武蔵は、播磨の国(兵庫)で生まれた

宮本武蔵の生涯は謎に満ちているが、吉川英治の小説で岡山の美作で生まれた説が一般的でしたが、最近になって播磨の国・兵庫が真説である事がはっきりした。
それは、武蔵自身が書き残した「五輪書」の序文に、「生国播磨の武士新免武蔵守藤原玄信、年つもりて六十」とあり、武蔵本人がはっきりと播磨の生まれと言い切っている。又 昭和36年には、加古川市木村にある泊神社の棟札(トウサツ)が発見され、これは、武蔵が亡くなって8年後の承応2年(1653年)武蔵の養子・伊織が郷里の鎮守であった泊神社も社殿を修復した時の記録で「伊織の一族は、赤松氏の流れであるが、田原と改姓して播州印南郡河南庄米堕邑(ヨネダムラ)「現在の高砂市米田」に子孫代々が住んだ。そこの武蔵玄信は、作州の世継ぎのいない新免という武士に養子に行き、後に宮本と姓を改めた。その武蔵も子供がなく、伊織を養子にした」と書き記されています。


 木下家定が城主であった時代の事、姫路に立ち寄った武蔵は、名前を隠して足軽奉公をしていました。そのころ 城に妖怪が出るとの噂がひろまっていましたが、武蔵が平気で夜の出番を勤めていたことが家老の耳に入り、名高い武芸者である事が知られました。木下家の客分に取り立てられ、妖怪退治の命がくだりました。
ある夜、灯ひとつをもって天守閣に上り、3階に来たときすさまじい炎と地震のような音と振動がおこり、武蔵が腰の太刀に手をかけると、元の静けさに戻りました。4階でも同じ事がおこりました。その後明け方まで番をしていると、美しい姫が現れ「われこそは当城の守護神・刑部明神なり、その方が今宵参りし為、妖怪は恐れて退散したり、よって褒美にこの宝刀を取らす」といって姿を消しました。蔵の前には、白木の箱に入った郷義弘の名刀が残されていたということです。
天守閣最上階に刑部大明神が祭られています。
兵庫県漬物事業協同組合トップページへ