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 姫路城は、1346年(正平元年)に赤松貞範が姫山に城を築きました。
その後 16世紀後半になって、羽柴秀吉や木下家定の時代に更なる本格的な築城が開始されました。
このことは、播磨国を支配するにあたり、姫路がその中心地に確定したことを意味します。
 そして 関が原の戦いの後、池田輝政が姫路城に入り、白鷺にたとえられる今日の美しい城郭に仕上げたのです。

1346年(正平元年)   赤松貞範、姫山に城を築く。
1580年(天正8年)   羽柴秀吉、3層の天守閣を築く。
1601年(慶長6年)   池田輝政、城の大改築を始める。
               9年の歳月をかけ美しい城が完成した。
1631年(昭和6年)   姫路城天守閣、国宝に指定される。
1951年(昭和26年)   戦後の新国宝に指定される。
1956年(昭和31年)   天守閣、国費により8年計画で解体修理に着工。
1964年(昭和39年)   昭和の大修理完了。
1993年(平成5年)   ユネスコの世界文化遺産に法隆寺とともに指定。



 城内に「お菊の井戸」があります。永正年間のこと、城主小寺則職の執権青山鉄山が城の乗っ取りを計画。これに気づいた忠臣の衣笠元信は、妾のお菊を青山家に女中として送りこみ、陰謀を暴きますが努力のかいもなく、青山一家のクーデターは成功。それでもお菊は青山家に残り、龍野に逃れた元信に情報を送り続けていましたが、町坪弾四郎に気づかれ、それを盾に結婚を迫りましたが、お菊はどうしても首を縦に振りません。
腹を立てた弾四郎は、家宝の皿の10枚のうち、1枚を隠し、お菊の不始末として責め殺して井戸に投げ込みました。
 それからというもの毎夜「1枚、2枚・・」と皿を数える悲しげな声が井戸から聞こえるようになったといいます。その後 元信ら忠臣によって青山一味は滅ぼされ、お菊は「於菊大明神」として、十二所神社の境内にあるお菊神社に祭られています。

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